聞慶(ムンギョン)のころ 一東五日記抄録 |
||
[ 昭和54年8月9日 ] 晴天 釜山に到着。数日釜山に滞在ののち、聞慶に到る。 しばらくこの日記を書く気がしなかったがまた 記すことにする。 今日で作る仕事全部終了す。朝から最後の乾燥に入る。 明日素焼の予定。 今回は梅雨が長びき毎日雨続きで、大いに仕事に支障を 来す。今日は朝から快晴、サン然たる陽光が四山を照し ている。気持ちの良い一日なり。 (中略)回首すれば七,八年。この聞慶に来てようや く朝鮮陶瓷の門戸に到った感じがする。作ると云うこと は技術上の問題より、その内在する心の占めるところが 大きいのである。1本の鉄絵の線にしても精神性の流露 でなくて何であろう。巧拙などその次の問題である。な ぜあの天童如淨の一見稚拙な書が心を大きく撼がすので あろうか。かの書はなんぞ知らん天童如淨その人なので ある。「地獄に入れば地獄から何かを吸いとってすべて をエネルギーに化すこと」慾情の如くおさえてもおさえ きれぬように、何かを吸いとってしまうのだ。 |
||
[ 8月18日 ] 晴天 台風一過。窯の火入れを先日終り、今日は聞慶まで作品を 運搬。今回の果、水指など意外によい物が出る。梅雨中の 火入れだったので期待を全面的にかけていなかっただけ、 その喜びも大きい。火入れの時、台を新しく高いものを使 用したことも良かったようだ。茶碗はもう一歩苦心すべき と思う。(中略)次回火入れの時は茶碗は少しうす作りに し、刷毛目も強く、高台をやや小さくすること。鶏龍山麓 より陶土を運搬することも計画。矢張り最終的にはハガリ の土が一番だと思う。今日台風上りの山路を作品運搬して 思ったのだが、この最悪の道を牛にリヤカーをひかせて下 るのは無茶な方法なり。これで破損しなければ不思議なこ とだ。しかし、他に方法なし。 |
||
窯へと誘う目印の柳 | ||
[ 8月19日 ] 晴天 朝より日杲々。釜山・黄氏の窯入れの仕事。正玉氏作の 大徳利に釉上より鉄絵を描く。よきこころみなり。 金長壽先生の墓の附近に自然薯を掘りにゆく。剛君曰く 「とうとう泥水すすり、草を咬む」と。全くその感強し。 日本より持ち来った茶などの食品全部なくなる。茶が飲め ぬのが悲しい。明日窯出し、明後日釜山に向う予定。今回 残りの作品黄氏の窯の中に入れば幸せなり。瀬戸内の蛸で 一杯やりたし。 |
||
[ 11月2日 ] 出港 [ 11月3日 ] 釜山着 [ 11月8日 ] 聞慶観音里到着。 秋天高く風清し。 |
||
やっと窯が見えてくる | ||
|
||
[ 11月9日 ] 晴天 金兄、剛君と尚州に白土と鉄分を多く含んだ土を購入に 行く。曽て寒中にひとり赤土に混入したカオリンを拾った 時のことを思い出し感無量。あの頃は一寸先が闇のような 気持だった。(以下略) |
![]() |
|
[ 11月11日 ] 晴天 朝陽サン然。御本茶盌約50個ゾウガン。くみだし、 ぐいのみけずり。 夜焼酎のむ。平生の乾肉うまし。唐がらしかじる。 正玉氏おどろく。 |
||
[ 11月12日 ] 昨晩オンドルの煙部屋に入り、けむたくて困る。 寒さに目が何度も覚める。今朝より気温下る。 雪が少し降っている。明日御本茶盌白土かけ、 オンドル修理。 |
||
![]() |
[ 11月22日 ] 晴天 朝より太陽出るも気温ひくし。粉引徳利の白土かけ。 手が切れるような冷たさ。亀裂など入らずよく白土 かかる。今回の火入れは青瓷の炎にしようと正玉氏 言う。純白の粉引が出てくるように祈る気持ちなり。 (中略)この二,三日胃の調子悪し。焼酎の晩酌が 原因か。今夜から禁酒。毎日工場の轆轤の前で仕事 ばかりなので少し運動不足かもしれない。明日は 三島皿の製作。篆刻、東五、彰、如雲、閑雪など。 あともう一息。 |
|
左側が工房(現在は無人) |
||
![]() |
[ 11月29日 ] 曇時に晴 三島茶盌の高台削り及びゾウガンの仕事。夕方 三十個ばかり高台ケズリが残ったがそれを削る 元気なし。明日の仕事に回すことにした。工場、 ストーブに火を入れて仕事をするのだが、土の上 に座っているので体が冷える。豚が寒いのでわら の中に体を埋めてねている。鼻だけ出している。 豚も頭がよい。 |
|
[ 12月2日 ] 晴天 風冷たし 朝の気分爽快なり。もう一息で仕事終りなり。仕事をする 心は豪壮でなければならぬ。けちくさい心は、けちくさい 作品となる。大切なのは力である。今から朝の茶を飲む。 今日は刷毛目茶盌の高台けずり及び刷毛目かけ、鶏龍山 茶盌の線入れ等。 |
![]() |
|
[ 12月6日 ] 晴天 (略)約一ヶ月間陶房より一切外に出なかった。 下の川までおりて初めて気がついた。川で洗濯 をし、髪を洗い足をあらう。水が切れるように 冷たい。寒中水ごりをとる人たちは大変な勇気 がいると切々と思う。李長鴻氏に濁酒一壺とど けられる。 |
||
[ 12月10日 ] 朝より窯出し。還元炎失敗。温度高すぎ大半の作品破毀す。 やっと必要な数をそろえるだけ。窯出しの中に一個絵粉引 のすばらしきもの出る。窯とは不思議なものなり。約1ヶ月 の労苦一夕にして空にひとし。一日中寒風吹き荒る。千個 近い作品を破毀することは大変な労力なり。全部渓谷の中に 捨てる。「マンガン」を黄土に混ぜる方法。絵の発色によし とみる。「今回の所得なり」明日より気分一新、頑張ること。 金の兄さん雉をとる。 |
||
季刊「銀花」1997 第111号 土の兄弟 對州窯・小林東五の李陶憧憬( りとうしょうけい )より 画像は2007.11に撮影しましたものです |